
グレゴリーベイトソンのサイバネティックス
ここではベイトソンのサイバネティックス研究についてまとめます。
グレゴリー・ベイトソンは、サイバネティックスの創始者の一人である
ノーバート・ウィーナーらと交流し、その考え方をコミュニケーションや
人間関係、さらには精神病理の理解に応用しようとしました。
サイバネティックスとは、weblio辞書によると
「生物と機械における制御と通信を統一的に認識し
研究する理論の体系」のことです。
別の言い方をすると
「生物・機械・社会に共通する知的行動の
数理的原理を抽出し、応用する学問体系」
といえるそうです。
参考・東京大学計数工学科システム情報工学コースの資料より
ベイトソンのサイバネティックス研究で重要なのは、以下の3点です。
・情報とフィードバック
・システム論的思考
・ダブルバインド理論
ベイトソンは、サイバネティックスの中核概念である「情報」と「フィードバック」を
コミュニケーションに適用しました。
【フィードバックとは】
フィードバックとは、情報処理装置において、出力結果を見てそれを感知して
自動的に調整することです。
例えばエアコンです。
リモコンで設定した温度に対して、エアコンの温度センサーが現在の温度を感知し、
出力を調整します。
情報(ここでは温度)をこの感知して、調整することをフィードバックといいます。
生体内でもフィードバックループは非常に多くあります。
例えば、血糖値の調整機能です。
血糖値が上昇すると
膵臓からインスリンが分泌され血糖値を下げようとし
血糖値が低下すると
膵臓からグルカゴン、副腎髄質からアドレナリン、脳下垂体から成長ホルモン、
副腎皮質からコルチゾールなどが分泌されて血糖値を上昇させようとします。
生物においてフィードバックループは恒常性を維持する仕組となっています。
ベイトソンは、このフィードバックの考え方をコミュニケーションにも適用しました。
コミュニケーションを単なる情報伝達ではなく、送信者と受信者の間で
情報が循環し、互いに影響を与え合うフィードバックのシステムとして捉えたのです。
例えば、会話において、相手の反応を見ながら自分の発言を調整したり、
相手の表情や態度から言葉の裏にある意図を読み取ったりするのは、
フィードバックによるものです。
ベイトソンは、このようなフィードバックのメカニズムが、コミュニケーションを
円滑に進め、相互理解を深める上で重要な役割を果たすと考えました。
ベイトソンは、サイバネティックスのシステム論的な視点を、人間関係や社会現象の分析にも応用しました。
彼は、個人や家族、社会などを、相互に関連し合い、影響を与え合う要素から
構成されるシステムとして捉え、その動的な相互作用に着目しました。
例えば、家族をシステムとして捉えると、一人の家族成員の変化が他の成員に影響を与え、
それがさらにシステム全体に波及していく様子が見えてきます。
ベイトソンは、このようなシステム的な視点を持つことで、複雑な人間関係や
社会現象をより深く理解できると考えました。
ベイトソンは、統合失調症の原因を家族内のコミュニケーションの歪みに求める
「ダブルバインド理論」を提唱しました。
この理論は、サイバネティックスのフィードバックの概念を応用したもので、
矛盾したメッセージの繰り返しによって、個人の認知システムが混乱し、
精神病理を引き起こす可能性を指摘しています。
ダブルバインドは、二つの矛盾したメッセージが発信される(例えば親から)ことにより
情報の受け手(例えばこども)が混乱するというものです。
また、矛盾した情報のどちらからも逃れることが出来ず
どちらの情報にも従うことも出来ず、身動きが取れなくなる状態をつくります。
ベイトソンは統合失調症の子と親との間にあった矛盾する
コミュニケーションを見てダブルバインド理論の仮説をたてました。
入院している子に会いに来た親が子に、「愛してる」と言いながらも
「親の顔がこわばり」、子が抱きつくと、拒否するように「突き放す」といった
異なるレベル(言葉、見た目、体感)の矛盾するメッセージが親から発信され、
子は、その親の前で身動きが取れなくなる、というコミュニケーションです。
ベイトソンは、ダブル・バインドが統合失調症の原因の一つと仮説を立てましたが、
現代においては、統合失調症の原因は遺伝、脳の器質的要因、社会心理的要因など
多岐にわたると考えられており、ダブルバインド的なコミュニケーションは、
統合失調症の原因ではなく、むしろ結果なのではという考えが一般的です。
つまり、症状をもった子に対して、どう接したらいいのか混乱している
親の表現が、その混乱を反映して矛盾したようなメッセージとなってしまっている
と考えられるのです。
親のコミュニケーションが原因なのではない。
このことは、統合失調症の家族を持つ人にとって救いになるものです。
一方で、ダブル・バインド理論は、矛盾するコミュニケーションが
人間の心理的な状態に影響を及ぼすことを明らかにし
その後の家族療法やコミュニケーション研究の発展に影響を与えています。
子の成長を願う親にとっては、子の健全な心の成長のために
ダブル・バインドを理解をすることは価値のあることです。
そこでダブル・バインドの具体例を挙げてみます。
【ネガティブなダブル・バインドの具体例】
☆言葉と非言語メッセージの矛盾
母親: 「いつでも相談してね。どんなことでも聞いてあげるわ。」(笑顔で)
子供: (悩みを打ち明ける)
母親: (顔をしかめて)「そんなことで悩んでるの?くだらないわ。」
言葉では相談に乗ると言っているのに、表情や態度では拒否しているため、子供は混乱します。
☆要求の矛盾
父親: 「自分の意見をしっかり持ちなさい。」
子供: (自分の意見を言う)
父親: 「生意気言うな!親の言うことを聞きなさい!」
自分の意見を持つように促しておきながら、実際に意見を言うと否定する。
何も言わないと“意見を持っていない”と思われ、意見を言うと“生意気”と否定される。
子供はどちらの行動を取れば良いか分からなくなります。
☆愛情表現の矛盾
母親: 「大好きよ!ぎゅーってして。」(抱きしめる)
子供: (抱きしめ返そうとする)
母親: (子供を突き放して)「もう大きくなったんだから、ベタベタしないで。」
愛情表現と拒否的な態度が矛盾しているため、子供は愛情を感じながらも不安や混乱を感じます。
ダブル・バインドは、コミュニケーションにおける機能不全を起こした
フィードバックの一種と言えるでしょう。
ベイトソンは、このような不健全もしくは歪んだなフィードバックが、個人だけでなく、
家族や社会といったより大きなシステムにも影響を及ぼすと考えました。
ダブル・バインド理論については、ダブルバインド理論についてでも記しています。
参照下さい。
ミルトン・エリクソンは、このダブル・バインドをポジティブな使い方をすることで
心理療法に活用しています。
ベイトソンのサイバネティックス研究は、コミュニケーション、
人間関係、そして精神病理を理解する上で新たな視点を提供しました。
彼の思想は、現代社会においても、複雑なシステムの中で生きる
私たちにとって重要な示唆を与えてくれます。
**参考文献**
* グレゴリー・ベイトソン『精神の生態学へ』(上・下) (岩波書店)
* グレゴリー・ベイトソン『ステップ・トゥ・アン・エコロジー・オブ・マインド』(新思索社)
* ノーバート・ウィーナー『サイバネティックス』(岩波書店)
ベイトソンの著作は難解な部分もありますが、彼の洞察力に富んだ思考に触れることで、世界の見方が変わるかもしれません。ぜひ、彼の著作を読んでみてください。